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隠岐島/島前歩き旅    【2日目】
● 2006年8月14日(月) はれときどきくもり 島根県西ノ島町〜島根県知夫村 推定35,000歩(計器故障)




港なのに釣り人がいない、波止港の朝。小屋の隣にある
自販機が稼動中であれば、昨夜苦労しなくれも済んだのに。


山中にひっそりとたたずむ、焼火神社。島と海を
見下ろせ、まさにこの島の「守護神」といえる。


見渡しのよい、国賀海岸までの道。フェンスの向こうの牛を
見て、隠岐島は闘牛でも有名だと思い出し、軽く身震い。


奇岩が続くなかで、特に存在感のある通天橋。「ここが最高の
ビューポイント!」といわんばかりに、お立ち台が設けられている。


絶えず広がる、空・奇岩・海・草原、そして坂・・・。海抜
0メートルからここまで、炎天下の下歩くと倒れそうになる。


国賀海岸からの帰り道も、見晴らしがよい。休憩所も自販機も
ないハイキングコースは、さすがに歩いている人が全然いない。


浦郷→来居行きの定期船。速いぶんゆれが大きく、
油断すると酔う。せめて甲板に出たいところだ。


来居の町並み。このような感じで、人里が2キロほど続く。
離島といえば人が少ないイメージがあるが、意外に多い。


道路沿いに水の湧く、「河井の地蔵さんの水」。本州では
このような湧き水スポットには、大行列ができている。


海岸に人だかりができていて、何事かと見ると、漁船の大行進。
土地特有のイベントに会えるのも、旅の醍醐味である。


無人島「島津島」の道は、ついさっきまで水没していたことが
わかるくらいずぶ濡れ。島へ渡る時間は限られているのか?

島津島キャンプ場

この日泊まった場所の正式名称は、「島津島キャンプ場」。
通年利用可能、予約不要、使用料無料という、非常に良心的なキャンプ場だ。

海岸側に、トイレとシャワー室がある。
シャワー室はお湯は出ないが、夏場なら風呂代わりとして、十分役立つ。
ただし、気が遠くなるほど蚊が多いので、蚊対策は絶対にしよう。

キャンプサイトは、芝生と、芝生を少し下ったところに海岸がある。
海岸には、中国や韓国のゴミが漂流していて、見ているとなかなか面白い。
海岸側は、キャンプファイアーも可能。

人目がないぶんハメを外しがちだが、住民が無料で管理している場所だ。
夜遅くまで遊んだり、ゴミを放ったらかしにしたり、マナーの悪いことは絶対にやめよう。



写真は右から・・・って、全員の名前を覚えていない。僕もこのとき
名乗ってない。とりあえず、右は声かけてくれたHummerさん。


上の写真に引き続き、これが出会ったメンバー。ちなみにHPに
写真公開していいかの許可はとってない。肖像権侵害、ごめん。


タープ内では、寝床を作る大人達。その外では疲れを知らずに
まだ遊ぶ子ども達。子どもの体力には、ただ脱帽するばかり。
海鳥の鳴き声で夜中2度ほど起こされたが、予想どおり快眠できた。
午前5時半に目覚め、波止場を軽く散歩。
通常こういった港では朝早くから釣り人がいるのだが、ここでは1人も見当たらない。
ある意味、斬新な光景である。

住民の方はこの時間からすでに散歩などをしており、ほとんどの方があいさつをしてくれる。
中でも、1人の男性はいろんな話をしてくれた。

話のメインとなったのは、昨日行きたかったが行かなかった、焼火神社のこと。
昔はこの港いっぱいに船がとまり、焼火神社へお参りに行くという習慣があったそうだ。
焼火神社には立派な神木(杉)があるそうだ。
その他、かつて焼火神社は砲台などが置かれていて、展望が素晴らしいそうだ。

それを聞いて、好奇心の火がめらめらと燃え上がった。
行くつもりはなかったが、急遽焼火神社へと向かうことにした。


昨日来た道を30分ほど戻る。
あたりは山に囲まれているめ、まだ陽射しが当たらない。
とはいえ、上り坂が続くため、やや汗ばむ。

参道入口の東屋で小休止し、参道へと向かった。
予想どおり、雑草が生い茂る獣道で、時折クモの糸が体にまとわりつく。
こういう道では、マムシとスズメバチが怖い。
害虫に気をつけながら勾配の激しい獣道を歩くのだから、相当の気力と体力を使う。


やがて、神社の事務所が見えた。
事務所のすぐ横がちょっとした広場になっているのだが、ここからは波止の集落と海が一望できる。
「来てよかった」とひと安心しつつ、さらに奥へ進んだ。

道がやや薄暗いのは、まわりに何本もの大杉があるため。
特に神木は、聞いていたとおり、雄大である。

その神木のすぐ向こうが行き止まりになっており、そこに神社があった。
向かって右はすぐ崖である。
向かって左にも社があるのだが、左の社は岩にめり込んでいる。
どうやって建てたのだろうか不思議に思いつつも、何ともいえない神聖な雰囲気に、しばらく飲み込まれた。


30分は休憩しただろうか。
重い腰をあげ、神社をあとにして、再出発。

昨日から続いていた山道はすぐに終わり、集落が続く。
島の中央に大きな港湾があり、そこをぐるっと1周することにした。

高い建物はほとんどなく、のんびりとした町並みが続く。
なるほど、やっぱり僕の求めているのはこれだ。
ムリして山道登るより、こうして人の住んでいる町並みを歩いて、その土地の“生活”を感じることのほうが、よほど面白い。


港湾をまわり終え、そのまま西へと進む。
一旦町が途切れ、再度あらわれたのが、「浦郷」の町。
ここはフェリーが何隻も泊まるためか、土産屋が立ち並ぶ。
それにしても、ほんの2〜3日前にはじめて知った島だというのに、予想以上に多くの人が住んでいるし、にぎわっている。
日本って、広いなぁ。

フェリーへ乗る前に、行っておきたい場所があった。
「国賀海岸」。
ここは隠岐島の顔とも言える、観光名所だ。
一面に草原が広がり、馬や牛が放牧され、海岸にはさまざまな「奇岩」がある。
「観光名所に興味はない」と言いつつも、ここまで自然を堪能できるのだったら、行かないわけにはいかないだろう。


民家を北へ抜け、細い山道を歩く。
地図で見ると曲がりくねって険しい印象があったが、意外に坂はなだらか。
木はあまり生い茂っておらず、ほうぼうで草原が広がっているため、見晴らしが非常によい。
さらには、草原にちらほらと牛が放されている。
これは歩いていて、視覚的に非常に楽しい。

ただ、牛のすぐ横を通らないといけない道はちょっと怖かった。
草食動物がいきなり襲い掛かることはない、とわかりつつも、巨体を目の前にすると、おじけついてしまう。
角も持ってるし。


そして、国賀海岸へ到着。
けっこう歩いている人が多く、バス停もある。
目の前には、雄大な草原と大海原が広がっている。

バス停近くの東屋でひと休憩して、いざ草原へ!
まずは、海岸へ降りる道が続く。
海岸からは「通天橋」という、侵食してトンネル状になった断崖が見える。
断崖を、気絶するほど長い年月かけくり抜く、海の力強さを感じた。


ここまではよかった。

そこからは、えんえんと上り坂が続く。
途中、休憩所はおろか、ベンチすらない。
腰を下ろそうにも、牛や馬のフンが至る所にあるため、なかなか座れない。
さらには、昼飯どきということもあって、まわりに誰もいない。

鼓動は信じられなく早くなり、何度も休憩した。
もちろん、物陰がないため、炎天下の下だ。
体力を回復させても、坂がきついため、数歩ですぐ疲れてしまう。

何やってんだろ?
今自分がこんな場所に、1人でいることが不思議でならなかった。
せっかくの絶景も、眺めるどころではない。
1歩ずつ、何かから必死に逃げるかのように、足を前へ運んだ。

後から気がついたが、純粋に順路が逆だったようだ。


やっと坂を上りつめた。
駐車場があり、そこには久しぶりに人の姿がある。
恥も外聞もなく上着を脱ぎ、長めの休憩をとった。
ここでようやく、景色のきれいさを再確認できた。

浦郷への戻り道は、上りとはまったく違う山道である。
しかし、相変わらず道路の両端に草原があり、ハイキングをするには最高にいい場所である。


浦郷港へ到着し、すぐさまフェリーターミナルへ向かった。
次の島「知夫里(ちぶり)島」へ向かう定期船へ乗るためだ。

久しぶりにあたるクーラーで、ひと休憩した。
旅するときはいつも先を急ぎがちだが、こんなゆっくりした時間も必要だなぁ。

30分ほどゆっくりして、定期船が来る10分前。
とりあえず手元の資料と、フェリーターミナルの時刻表があっているか確認した。

ない。
乗ろうとしていた定期船の名前が、どこにもない。
ターミナルを間違えたか?

あわてて観光案内所にたずねると、定期船はターミナル経由ではなく、直接外の乗り場で待つ必要があるとのこと。
そのへんはもっと丁寧に、どこか書いておくべきだろう。


定期船は、小さなクルーザー。
座席はクルーザーの前側と後側に設置されている。
はりきって前側の最前列へ座った。
が、他の客はみんな後側へ。
後ろのほうがいいのかな、と引き返す間もなく、クルーザーは勢いよく走った。

甲板へ出ることができず、景色があまり楽しめない。
やることがないので、次の行動を地図で追った。
が、すぐに気分が悪くなったので、結局ボーっと瞑想にふけった。


知夫里島の港「来居(くりい)」へ到着。
今までの港とは違い、ここは港界隈が閑散としている。
島前でもいちばん小さな島なので、観光客が寄らないのだろう。

あらためて、地図とにらめっこ。
どうやら島の東側に無人島があり、そこがキャンプ場になっているらしい。
今日の寝床をそこに決め、再出発した。


途中、道のすぐ脇に、湧き水があった。
野宿するのに水分確保は必要なので、持っているペットボトルに水を汲もう。
と、ペットボトルを出しているときに、観光バスがすぐ近くに止まった。
するとバスから、多くの観光客がぞろぞろとやって来る。
もちろん、みんな水を求めているのだ。

団体に萎縮し、思わず水を汲む順番をゆずった。
観光客は、誰1人として礼を言わず、われ先にと水を汲む。
そして汲んだ順に、そそくさとバスへと戻る。

あまり区分はしたくないが、「旅行」と「旅」の大きな違いは、こういうところにあるのだろう。


島は小さいが、民家がなかなか絶えない。
島の東側にさしかかったとき、海辺にやたら人だかりができていた。

見ると、海にはいろんな旗をかかげた漁船が、何十隻も群れをなしていた。
きっとこの島特有の、お祭りだろう。
海岸についたころには、残念ながら行進は終わっていた。

が、しばらく海岸沿いに歩いていると、またしても行進がはじまった。
間近で見ると、漁船によっては1人で黙々と船を操作する人、子どもを連れて両手をふっている人など、それぞれポテンシャルが違う。
特別な航海方法を披露するでもなく、花火や爆竹を鳴らすでもなく、ただ静かに船が次々と通る。
地味でありながらも、全部の船が1つの大きな集合体となり、思わず見入ってしまう。


午後6時、無人島のすぐ近くに到着。
このまま無人島に行くか、1時間ほど山道を散策してから行くか、迷った。
早くに寝床を確保しても、退屈である。
かといって山道歩いても、1時間で歩ききれるか不安だし、日が暮れると不安感に襲われる。

ここは心のゆとりを優先し、無人島へ行くことにした。
最近できたらしい、細く曲がりくねった橋を渡る。
島はほとんどが山で、海岸に舗装された細い道がある。
道は湿っていて、おそらく満潮時にはなくなるだろう。
明日の朝、無事ここから脱出できるのだろうか?

少し進むと、海岸があった。
ここでは牛を泳がすというイベントがあるそうで、海岸を見下ろすための木製のベンチが、何重にも並ぶ。
海岸といっても、砂地は狭い。
何人かの子どもらが泳いでいるほか、人はいない。

さらに奥に行くと、キャンプ場らしき場所。
「らしき」というのは、キャンプ場である標識などがなく、炊事場も何もないからだ。
でも地図を見る限り、ここがキャンプ場であることは間違いない。

一応ちょっとした、芝生の広場となっている。
しかし広場は山形になっていて、平地の面積が少ない。
平地でテントを張ろうとなると、大型のものを3つ張れば満席となるだろう。


キャンプ場には、すでに家族らしき人たちがいた。
「らしき」というのは、女性が1人しかいないのに、子どもが5人もいるからだ。
他に大人の男性が3人いて、どう考えても家族ではない。

本来なら芝生でダラーっと横になりたいところだが、団体さんに見られることを考えると恥ずかしい。
とりあえず夕日を見ながら、カッコつけてヒザついて座り、海岸で日記を書くことにした。
「あの人何してんの?」「あの人もここ泊まるん?」「ばか、聞こえるって」などと、子ども達の声が漏れる。
野宿をしていると、よく聞こえる言葉だ。


日も暮れかかり、日記を書くには照明が必要な時間になった。
一旦日記を置き、今のうちにテントでも張ろうと、芝生へ戻った。
なるべく団体さんに迷惑かからない所、どこだろう・・・と芝生に目をやっている矢先だった。


「おい、兄ちゃん!」
見るからにイカツイ感じの男の人が、突然こちらに向かってきた。
邪魔だから追い出されるのか、と警戒していたが、そうではなかった。

「メシどうすんの?良かったら一緒に食わん?」
思いがけない言葉に、少し返答が詰まった。
「いいやん、来いな」と誘われ、うれしいやらはずかしいやら、何度も「いいんですか?」と恐縮しながら、夕食をお邪魔することとなった。


(会話中の言葉は岡山弁でしたが、岡山弁がわからないため、大阪弁に置換しております。)

ちなみに、隠岐に来てから口にしたものは、カロリーメイト1ブロックと、小袋のおかし1袋。
とっさに断る言葉が出なかったのも、無理はないだろう。


蚊帳つきタープの中は、全10人がおさまるには、ややせまいくらいのスペースであった。
想定外の訪問者に座席が足りなくなったようで、申し訳なかった。

いただいた料理は、まずはビール。
それからは、さざえのお造りと、さざえのつぼ焼き。
何と、お昼の間に素もぐりして、さざえを採っていたらしい。

さざえのつぼ焼きは、絶品!
今まで何度も食べたことあるが、ここまで甘みとコクのしっかりしたさざえは、はじめてだ。

あと、“からす貝”と言っていただろうか、採ってきた貝からダシをとり、インスタントみそ汁をぶっこんだものをいただいた。
貝のダシがよく出ていて、とてもインスタントとは思えない、深い味わいだった。

その他は、米と缶詰。
料理には極力手をかけず、遊びの時間を最優先するためだそうだ。
アウトドアに手馴れた人の発想だな。


タープ内は、よそ物の僕でも楽しめる、非常にアットホームかつウェルカムな雰囲気である。
特に僕に声かけてくれた方(以下、Hummerさんと記載。仮称です。)は、やはりアウトドアが好きなようで、いろんな話ができた。
こういうときにこそ、「ママチャリ日本一周」というネタが生きる。
これに関しては、やや警戒心を持っていた子ども達も食いついてきて、打ち解けられた。


そして、就寝。

子どもらは1つのテントでザコ寝。
やれフナムシがいるだのムカデがいるだの、なかなか寝ない。

大人はタープでザコ寝。
さすがに僕が寝るスペースはないので、僕だけマイテントで就寝。


なるほど、こういう出会いも旅の醍醐味の1つなんだな。
出会いの少ない旅を続けているので、非常にいい経験ができた気がする。


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